福岡高等裁判所 昭和50年(ツ)31号 判決 1975年8月04日
上告人
新垣浦功
右訴訟代理人
牧野博嗣
被上告人
仲村進
右訴訟代理人
兼城賢二
主文
一 本件上告を棄却する。
二 上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人牧野博嗣の上告理由は別紙記載のとおりである。
右上告理由一について。
復帰前の沖繩の「土地所有権の取得時効の特例に関する立法」(昭和三六年(一九六一年)立法第一一号)(以下特例法という。)は昭和二一年(一九四六年)琉球列島米国海軍軍政本部指令第一二一号「土地所有権関係資料蒐集に関する件」又は昭和二五年(一九五〇年)琉球列島米国軍政本部特別布告第三六号「土地所有権証明」に基づいて行われた沖繩の土地調査の不備、公簿等の誤謬欠陥により、不利益を受け又は受けるおそれのある土地所有者を保護する目的(第一条)で制定されたものであり、その第二条は「沖繩群島内の土地については、当分の間、民法第一六二条第二項の規定は適用しない」旨定めている。
そこでこの特例法第二条の趣旨を考えると、同法条は、沖繩群島内の土地について、民法第一六二条第二項の規定の適用を明確に排除しているものであるから、この規定の適用を前提として土地所有権の取得時効の中断ないし停止を定めたものと解する余地はなく、また暫定的な規定であつて将来その失効により民法第一六二条第二項が適用されることを予定していることからみても、過去の一定の事実状態の継続に基づいて法律関係を変更する時効制度の特質からして、民法第一六二条第二項の時効期間の進行および完成を否定する趣旨と解することもできないから、結局、その有効期間は民法第一六二条第二項の取得時効の援用を許さない趣旨であると解するのが相当である。
而して「沖繩の復帰に伴う特別措置に関する法律」(昭和四六年法律第一二九号昭和四七年五月一五日施行)(以下特別措置法という)第六六条の趣旨は、昭和四七年五月五月一五日沖繩の復帰と同時に特例法が失効し、民法第一六二条第二項の規定が適用されるため、復帰後六ケ月この時効を停止し(復帰時において時効未完成のものについて六ケ月間その時効期間の進行および完成を否定する。)その期間内に、復帰時において時効未完成にかかる土地の所有者に対し、時効を中断し権利を確保する機会を与えてこれを保護したものであると解するのが相当であり、復帰時すでに完成した民法第一六二条第二項の時効の援用をも許さない趣旨とは解されないから、復帰後はその援用は何ら制限されないものである。
そうすると、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては被上告人の抗弁第一項(一)の取得時効の主張を採用し、上告人の時効中断の再抗弁を排斥した原審の判断は、その結論において正当であつて(特別措置法第六六条の解釈については当裁判所の見解と一部符合しないが、この点は判決に影響を及ぼすものではない。)原判決に所論の違法はない。論旨は独自の見解であつて採用することができない。
同二について。
所論の各点に関する原審の認定判断は、いずれも原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。
原判決には所論の違法はなく、論旨は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用することができない。
以上、本件上告論旨はいずれも理由がないから、民事訴訟法第四〇一条により本件上告を棄却することとし、上告費用の負担につき同法第九五条本文、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(佐藤秀 諸江田鶴雄 森林稔)
上告理由書
一、原判決には法令の解釈適用を誤つたか、又は審理不尽の違法があり、右違法は原判決主文に影響がある。
(イ) 原判決は上告人が主張した民法第一六二条第二項に規定する取得時効の援用については沖繩群島内の土地は復帰前に特例法(「土地所有権の取得時効の特例に関する立法」一九六一年四月七日立法第一号、施行期日一九六一年三月三一日)(以下特例法という)第二条により民法第一六二条第二項(明治二九年法律第八九号)は、その適用が排除され、また復帰に伴つて特別措置法(「沖繩の復帰に伴う特別措置法に関する法律」昭和四六年一二月三一日法律第一二九号)(以下特別措置法という)第六六条の「沖繩群島内の土地については復帰の日から起算して六ケ月以内は民法第一六二条第二項に規定する取得時効は完成しない」旨の規定によつて被上告人の主張する民法第一六一条第二項の取得時効の援用の主張自体が失当であるとの上告人の主張に対し
原判決は特例法第二条の「民法第一六二条第二項の規定は適用しない」の趣旨は
「……民法第一六二条第二項に規定する取得時効の進行および完成を否定する趣旨ではなく時効完成後の援用権の行使を許さない趣旨であると解すべきである」
又、前記特別措置法第六六条の趣旨は復帰に伴い特例法が失効し、復帰と同時に民法第一六二条第二項が適用される結果、同項の取得時効の援用によつて予想される不動産に関する所有権の帰属の混乱の事態を避けようとする政策的考慮に出たものと解され、特別措置法第六六条の「……取得時効は完成しない」旨の文言も右趣旨に従つて理解すべきであるとし
更に援用については「……復帰前の沖繩群島内の土地にいて、復帰前において既に民法第一六二条第二項所定の占有の始めにおいて善意かつ無過失であり、平穏公然に一〇年間占有を継続していた場合において、沖繩の復帰後、特別措置法の施行日である昭和四七年五月一五日から起算して六ケ月以内は、民法第一六二条第二項の取得時効の援用をすることは許されないが、特別措置法の施行日から起算して六月を経過した昭和四七年一一月一五日以降において、民法第一六二条第二項の取得時効の援用については何ら制限されないというべきである。
従つて本件最終口頭弁論期日である昭和五〇年二月一九日が前記特別措置法の施行日である昭和四七年五月一五日から、既に六ケ月を経過していることは明らかであり、被控訴人が、本件土地について民法第一六二条第二項の取得時効の完成を援用するについて何らの制限はないというべきであり……」と前述の通り特例法及び特別措置法を解して原審は上告人の主張を排斥している。
即ち、原審は右特例法施行期間中一九七二年(昭和四七年)二月一七日に提訴された本件訴訟事件についても右特別措置法所定の期間経過によつて民法第一六二条第二項の取得時効の援用は何ら制限をうけないというのである。しかしながら右特例法は特別措置法と同様戦後の土地調査の不備、公簿等の誤謬欠陥などにより不利益をむけ又は受けるおそれのある土地所有者を保護するため沖繩群島内の土地について所有権の帰属の混乱の事態を避けようとする政策的考慮に出た立法措置であつたと解すべきである。
沖繩群島の土地に関する公簿公図は今次太平洋戦争の戦禍をうけて滅失したので、戦後本人に所有権申告をなさしめて再製した。
米国民政長官は一九五〇年(昭和二五年)四月一四日附特別布告第三六条「土地所有権証明」を公布して、一九五一年(昭和二六年)四月一日附をもつて各市町村長名により「土地所有権証明書」を交付させた。
しかし、右所有権認定作業の実情は短期間でなされたばかりでなく当時は終戦直後の混乱期であり地形の変更、標識の消失、申請内容の不正確、測量器具の不備、測量技術の未熟、利害関係人の不在、所有権申告がなされた当時県民は未だ避難地から各自の居住地へ移動が完了されていなかつたし、又海外に居住する県民も相当いたが、その者達との交通は自由ではなかつたゝめ連絡は不充分であつた。
特に県外に居住する不在者の土地所有権申告については所有者本人名義で代理申告したのは少なかつた。最初本人名義で代理申告したのも所有権申告期間中に不在者の土地は国有地に編入されるというデマや噂にまどわされて所有権証明書が交付される時期までには殆んどが県内に居住する家族あるいは親族の者に名義訂正して所有権証明書の交付をうけたのが多かた。
かかる実情のもとに再製された公簿公図は不備、誤謬欠陥が多くそのため再製された公簿公図等についての争いがあとをたゝない実情にあつたので、所有権証明書が市町村長より公布されてから一〇年経過する一九六一年(昭和三六年)三月三一日までに民法第一六二条第二項に規定する取得時効に関する法律の適用を停止せしめ、所有権をめぐる混乱状態を避ける措置が当時の社会情勢から必要であつたので特例法が立法されたのであると解すべきである。
特法例の立法の意図は時効の進行を停止せしめ、その間に関係地主の時効を中断せしめるための権利行使を確保させようとする目的で立法したと解するのが当時の事情からして合理的であり自然的である。
特例法について例え立法技術がまずくてそのとられた立法措置においてその注文の文言の表現が不充分であるとしても法文の解釈に当つては立法措置をとらねばならなかつた社会状態を理解しその法文の趣旨についてもそれに添うよう合理的に解すべできある。
又、日本復帰の際特別措置法がとられたのは日本復帰前特別立法(特例法)によつて取得時効の適用が排除されて保護されていた地主たちが日本復帰によつてその特例法は失効し、直ちに時効が完成することにもなる不利益をうける結果が生ずるので復帰後六ケ月間は復帰前と同様時効を停止せしめてその間に時効を中断せしめる権利行使を確保させようとする特別立法であると特別措置法についても特例法の趣旨同様に解するのが合理的である。
特例法、特別措置法も同様取得時効の進行、完成も停止せしめその援用の行使も許さないと解するのが合理的であるといえよう。
右と反する判示をなした原判決は判決理由において特例法は民法第一六二条第二項に規定する取得時効の進行および完成を否定する趣旨ではなく時効完成後の援用権の行使を許さない趣旨であると解すべきであり、又特別措置法第六六条の「……取得時効は完成しない」旨の文言も右趣旨に従つて理解すべきであると判示したのは特例法、特別措置法の取得時効に関する法令の解釈適用を誤つたものというべきである。
(ロ) 特例法施行後又は特別措置法の施行日から起算して六ケ月を経過する昭和四七年一一月一五日以前即ち、一〇年の取得時効の援用ができない期間内に提訴すれば時効は中断されると解すべきである。
特例法、特別措置法は取得時効の中断のための権利行使を保有せしめて、関係地主たちを保護しようとする法令であると解すべきである。
しかしながら原審は沖繩の復帰後、特別措置法の施行日である昭和四七年五月一五日から起算して六ケ月を経過した昭和四七年一一月一五日以降は右期間を経過しない時点で提訴してあつても、民訴第一六二条第二項の取得時効の援用については制限されないと特例法、特別措置法を解して被上告人がなした取得時効の援用を容認したのは右特例法、特別措置法の取得時効に関する解釈適用を誤つたものというべきである。若し右提訴において時効中断の効果が発生しないと解するならば右二特別法の有する救済保護目的が没却されることになる。
二、原判決には法令の解釈適用を誤つたか又は審理不尽の違法があり右違法は原判決主文に影響がある。
(イ) 原判決は取得時効に関する法令の解釈適用を誤つたか又は、審理不尽の違法がある。
1 原判決は被上告人の一〇年の取得時効の抗弁を容認しているけれども原審記録に徴しても明らかの如く、上告人は被上告人の右抗弁及び二〇年の取得時効の成否については否認し争つてきている。
被上告人は昭和二六年四月一四日訴外新垣秀政の母より引渡をうけ同年同月二〇日から所有の意思をもつて今日まで耕作しながら占有を継続してきていると主張し、原審も認定しているけれどもその事実認定は取得時効成立条件の占有期間の起算点の解釈を誤りたるか、審理不尽によるものである。
原審でも認めているとおり、被上告人の本件土地の占有について当事者間の争いのないのは昭和三八年から現在にいたるまで占有している事実であつて上告人は被上告人の主張する占有開始の時期即ち、起算点については争つてきたことは原審記録に徴して明らかである。
被上告人は本件土地の占有開始したのは訴外新垣秀政の法定代理人新垣恵と売買契約した頃であつた、昭和二六年四月二〇日(耕作開始)と主張しているが果して当時売買契約の事実が存していたかについては、甲第六号証によれば訴外新垣秀政に所有権の保存登記されたのが昭和三二年一一年二〇日で被上告人に所有権移転登記がなされたのが、昭和三四年八月二〇日であるし、又昭和三三年一〇月三〇日には当時の所有権名義人訴外新垣秀政が軍用地料を受領していることがわかる。
被上告人と訴外新垣秀政の法定代理人新垣恵との売買条件の一つに訴外秀政が満二〇才に達した昭和五〇年八月二〇日に所有権移転登記をさせるという特約があつたこと、そして特約した事情については訴外秀政が未成年であつたゝめ印鑑証明書がとれなく登記手続ができなかつたからだつたという。
しからば甲第四号証によれば、先述の通り昭和三二年一一月一〇日に保存登記手続がなされたことは明白である。
そして所有権移転登記手続をなした当時には、被上告人が訴外秀政の所有権証明書を所持したというから保存登記手続をなしたときの経緯、手続方法などについては審理した形跡はない。
通常の経験則からすれば保存登記と所有権移転は手続書類が完備しさえすれば同時に手続するのが通例である。
又、訴外秀政が満二〇才になつたときに所有権移転登記をさせるという売買契約の特約条件についても如何なる趣旨内容とする条件であつたか又、所有権移転登記手続をなした際訴外秀政に知らさなかつたのは如何なる理由からか、所有権移転登記手続に要する印鑑証明書がとれなかつたので手続を留保していたのにかかわらず、登記手続に要した訴外秀政の印鑑証明書についてはどう取扱つたか不明である。
又民法第一二六条にいう所有の意思をもつて占有するとは物について所有者と同様の意思をもつてする占有であるといわれているが甲第六号証によれば本件土地の一部は軍用地となつているが、その軍用地料について昭和三三年一〇月三〇日当時本件土地の所有名義人であつた訴外秀政が受領している。
原審記録に徴すれば明らかの如く被上告人は自主占有を主張しているが軍用地料と受領した土地の占有関係については不明で審理された形跡もない。
又被上告人の占有開始の動機は本件土地の売買契約により契約時に引渡をうけたというが、被上告人は控訴審の法廷で実際に売買がなされたのは昭和三四年八月であつたと自白している。
この自白は所有権登記手続がなされた時期と符合するし、占有事実について当事者間に争いの時期とも符合する。
以上の諸点から被上告人と訴外秀政の法定代理人との間に実際売買契約があつたのは昭和三四年八月二〇日と解するのが相当であり、自然である。
原審が被上告人の占有開始の起算点を昭和二六年四月一四日と認定したのは時効取得を援用する起算点に関する法令の解釈適用のあやまりか、あるいは審理不尽の違法にもとづいたものというべきである。
2 原判決は前記1、において既述したとおり被上告人の一〇年の取得時効の抗弁を容認しているけれども、原判決には民法第一六二条第二項の成立要件の一つである占有者の占有開始時における善意無過失に関する解釈適用を誤つたか又は審理不尽の違法がある。
民法第一六二条第二項にいわゆる善意無過失の有無については具体的の場合に判断すべきである。
唯売手の言を信じたり、土地台帳の記載を見て所有者であると信じて不動産の取引したといつても直ちに無過失であつたとはいえない。
被上告人は本件土地について訴外恵から売買の申入れをうけたとき同人に対し土地の所有権の有無を尋ねたところ同人は同人の夫訴外亀昌が訴外浦光から貰つたといつていたので中城村役場に赴き、土地台帳を閲欄したところ同人の二男訴外秀政の名義となつていることを確認して買うけたといつているが、被上告人は戦前昭和一八年頃まで上告人と同じ安里部落に居住し、本件土地が上告人の先々代浦光の土地であつたことは知悉しており上告人の先々代浦光が昭和三年頃死亡しその後は上告人の弟訴外亀昌が財産管理者となつていたことも充分知つていたし又、上告人の屋号が「島袋小」(シマブクログワー)で訴外亀昌(訴外秀政の先代)の尾号は「平良小」であること、そして訴外秀政が訴外亀昌の二男であつたことをよく知つておりながら、土地台帳の所有名義がどうして訴外秀政になつているか、そして住所欄のところになぜ最初島袋小になつていたかについて全然訴外新垣恵に聞いてない。
以上諸般事情を総合すると被上告人は占有開始時において無過失或は悪意がなかつたと事実認定することはできない。それ故右と反する判示をなした原判決は取得時効の善意無過失に関する法令の解釈適用を誤つたかあるいは審理不尽の違法があつたというべきである。